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鳥取地方裁判所 昭和25年(行モ)1号 決定

申請人

鳥取県地方労働委員会

被申請人

鳥取県教育委員会

主文

申請人が昭和二十五年三月八日為した「被申立人鳥取県教育委員会は申立人上原宇一朗を昭和二十四年十一月一日に遡り解雇当日と同一の労働条件を以て即時原職に復帰せしめなければならぬ」との命令に基いて被申請人は上原宇一朗に対し昭和二十四年十一月一日以降本案判決確定に至るまで解雇当時(昭和二十四年十月三十一日)と同一の俸給およびその他の給与(家族手当および勤務地手当)を本決定告知以前に生じた分については直ちにその以後に生ずる分についてはその所定給与日に支給しなければならない。

理由

申請人は主文同旨の決定を求めその理由として、訴外上原宇一朗は鳥取県立米子東高等学校教員で同校夜間部主事を兼任し一方昭和二十四年四月中鳥取県教職員組合副執行委員長、同米子支部長に選任せられたが前叙教職員組合の幹部たる長谷川節夫、松本六郎、福田邦男の三名が鳥取県教育委員安田貞栄と特殊の関係にありと目せられていたところ異数の抜擢を受け加うるに同年四月頃右三名が教務課長その他の役員と宴会を催したことを聞きこれは組合の無力化を招く原因となると思い憂慮し組合代表者として右安田貞栄に対し前叙の人事につき説明を求め又は長谷川、松本、福田の三名に対し前叙の宴会を催したことにつき苦情を申入れる等その職責に相応する正当且つ活発な組合活動をしていたところ県下教職員の任免権を有する被申請人は同年十月三十一日国庫補助定員減少による過剰員及び教員不適格者の解雇を断行するに当り同月三十日頃右上原宇一朗に対し表面上は同人の僅かな欠点を捉えて同人を不適格者と認定し内実は前叙の活発な組合活動をしたことを理由として退職を強要し同人において一旦は退職後の生活を考え休職処分を希望したので休職処分に附せられたが休職給のみでは到底一家の生活を維持し得ない事に思い及び同年十一月一日被申請人に対し改めて依願退職を申し出でその承諾を得た上、同年十月三十一日附を以て一身上の都合を理由とする退職願を提出したので被申請人は先に発令した休職処分を取消し依願退職処分に切替え以て、労働者たる上原が労働組合の正当な行為をしたことの故を以てこれを解雇した、そこで上原は右解雇は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるとして同法第二十七条に基き申請人に救済を求めたので申請人はこれを受理し慎重審理の結果被申請人が上原を解雇した事は不当労働行為であると認定しその請求を全部認容し昭和二十五年三月八日被申請人に対し「被申立人鳥取県教育委員会は申立人上原宇一朗を昭和二十四年十一月一日に遡り解雇当日と同一の労働条件を以て即時原職に復帰せしめなければならぬ」との命令(以下救済命令ということにする)を発し同日その謄本を交付したところが被申請人は同年四月三日右命令は不服であるとしてその取消を求めるため御庁に行政事件訴訟特例法に基き訴を提起したが上原は現在俸給その他の給与を受けないため生活に窮しているので取り敢えず労働組合法第二十七条第五項に基き被申請人に対し該命令の一部に相当する俸給その他の給与の支給に限りこれに従うべき旨の決定(以下緊急命令ということにする)あらんことを求めるため本申請に及んだ旨述べ、被申請人の主張に対し、(一)公立学校の教員に対しても労働組合法第二十七条の適用ありと解すべきである、(二)上原宇一朗が被申請人主張の退職金を受取つた事実を認めるが退職金は将来原職復帰を命ぜられた場合には返還せねばならぬ性質のものでこれを生活費に費消することは許されないから現在窮迫の状況にあるというべく故に緊急命令を受ける必要がある、(三)被申請人は退職処分は行政行為であるからその取消なき限り緊急命令を発し得ない旨主張するがその主張は正当でない、(四)上原が職務に従事しないのは被申請人から強制的に退職せしめられて職務に就き得ない状態にあるからである、故に働かない者には給与の支払なしとの原則はこの場合には適用がない旨述べ疏明として甲第一乃至第六号証を提出し証人上原宇一朗の訊問を求め乙第一乃至第三号証の成立を認めた。

被申請代理人は本件申請を却下するとの決定を求め答弁として訴外上原宇一朗が鳥取県立米子東高等学校教員で同校夜間部主事を兼任していた事実申請人主張の頃その主張のような鳥取県教職員組合の役員に選任せられた事実県下教職員の任免権を有する被申請人が国庫補助定員減少による過員と教員不適格者を解雇するにあたり上原宇一朗を教員不適格者と認めた事実同訴外人が一旦休職処分を希望したが改めて一身上の都合を理由とする同年十月三十一日附退職願を提出したので被申請人が休職処分を取消し依願退職としてこれを処理した事実同訴外人が申請人主張のような理由に基き申請人に救済を求め申請人がこれを受理して審理の結果同訴外人の請求を認容しその主張の日被申請人に対し申請人主張のような救済命令を発し被申請人において同日その謄本を受領した事実及び昭和二十五年四月三日被申請人が申請人のした右行政処分の取消を求めるため御庁に行政訴訟を提起した事実はこれを認めるがその余の申請人主張の事実を否認する、(一)公立学校教員に対しては労働組合法第二十七条の適用はなく不当な解雇に対する救済は教育公務員特例法第十五条国家公務員法第八十九条以下により任命権者たる教育委員会の審査によつてのみ行われるものであつて労働委員会は救済に関与することができず又裁判所も緊急命令を出す権限がない、(二)仮に然らずとするも元来労働組合法第二十七条第五項の命令は仮処分たる性質を有する救急措置であるから急迫な事情がある場合に限り緊急命令を発し得るものであるところ同訴外人は昭和二十四年十一月二十六日退職手当として手取実額十五万二千六百四十八円を受取つたから当分右退職金で生計費を賄うに足るべく従つて急迫な事情はない、(三)仮に然らずとするも被申請人の為した退職処分は行政行為であるからその取消なき限り給与の支払を為すべき旨の緊急命令を発することはできない、(四)仮に然らずとするも上原宇一朗は退職以来原職に従事していないから反対給付たる性質を有する俸給その他の給与を受けることはできない旨述べ疏明として乙第一乃至第三号証を提出し証人西本眞一の訊問を求め甲第一乃至第六号証の成立を認めた。

訴外上原宇一朗が鳥取県立米子東高等学校教員で同校夜間部主事を兼任していた事実昭和二十四年四月中同人が鳥取県教職員組合副執行委員長、同米子支部長に選任ぜられた事実県下教職員の任免権を有する被申請人が国庫補助定員減少による過員と教員不適格者を解雇するにあたり右上原宇一朗を教員不適格者と認めた事実同訴外人が一旦休職処分を希望したが改めて一身上の都合を理由とする同年十月三十一日附退職願を提出したので被申請人が休職処分を取消し依願退職としてこれを処理した事実、同訴外人がこれを労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であるとして同法第二十七条に基き申請人に救済を求め申請人がこれを受理して審理の結果同訴外人の請求を認容し昭和二十五年三月八日被申請人に対し申請人主張のような救済命令を発し同日その謄本を交付した事実及び同年四月三日被申請人が申請人のした右行政処分の取消を求めるため当裁判所に行政訴訟を提起した事実は当事者間に争いがない。

よつて先づ公立学校の教員は労働組合法第二十七条の救済を求めることができるかどうかにつき按ずるに本来公務員は給料生活者であるから同法第三条にいわゆる「労働者」に該当するのであるがその内国家公務員については国家公務員法附則第十六条により労働組合法の適用が排除せられているにかかわらず地方公務員については同法の適用を排除する旨の特則がないから地方公務員はいわゆる「労働者」として労働組合法の適用を受けるものというべきで公立学校の教員も亦地方公務員に属するから同法の適用の下にあるといわねばならぬ。このことは同法第四条において地方公務員が一般的に同法の適用を受け労働組合を結成し得ることを前提としつつ特にその内の性質上労働組合を結成せしめることを不適当とする官職即ち地方公共団体の警察吏員及び消防吏員につき労働組合の結成を禁ずる旨の規定を設けていることから見ても又公立学校に特有の行政機関である教育委員会につきその組織権限を定める教育委員会法の第四十九条第七号において教育委員会は教員その他教育関係職員の組織する労働組合に関する事務を行う旨明定しているに徴してもこれを知ることができる。元来国家公務員も地方公務員も共に公の奉仕者である公務員であるからその間に取扱上の差等を設けるべき筋合のものではないが地方公務員については国家公務員法に対応する地方公務員法の制定が将来に保留せられているので地方公務員法の制定せられるまで取り敢えず昭和二十三年政令第二〇一号の制限内において地方公務員に労働組合法を適用し地方公務員をして争議権なき労働組合を結成せしめて苦情、意見、希望又は不満を表明し又は十分な話合をする等の組合活動をさせることは地方公務員の利益保護のための適宜の処置というべきであつて、かかる暫定的の法制の下に国家公務員と地方公務員との間に制度上不権衡を生ずることはまた已むを得ぬところとして法の肯定するところといわねばならぬ。地方公務員又はこれに属する公立学校教員に対して労働組合法の適用があると解する以上、公立学校教員は同法第二十七条による救済を求めることができるものといわねばならぬ。思うに公立学校教員が労働組合を作り前記の範囲内において組合活動をすることを許される以上これに対して安んじて組合活動をさせるため同法第二十七条の救済を与える必要があるのは論をまたないところであるからである。尤も別に教育公務員特例法にはその第十五条に公立学校教員がその意に反して免職処分懲戒処分その他不利益な取扱を受けた場合の救済方法として任命権者たる教育委員会の審査を受け得る旨規定しているけれどもこの規定あるが故を以て特に労働組合法第二十七条の適用を排除すべき根拠とすることはできない。労働組合法第二十七条の労働委員会による救済は僅か使用者に不当労働行為があつた場合にのみ与えられるものであるからこの範囲において教育委員会による救済と労働委員会による救済とがたとえ併存したとて何等差支えなくこれを以て教育行政に労働委員会が関与するから不当だということはできない、従つて公立学校の教員についても労働組合法第二十七条の適用があるものといわねばならない。

次で申請人主張のような不当労働行為があつたかどうかにつき審究するに成立に争いのない甲第三乃至第六号証に証人上原宇一朗の証言を綜合すれば上原宇一朗は鳥取県立米子東高等学校で国語漢文を教授していたが同人は平素学問の研鑚に励み学力亦優秀でその本務たる授業に精励し人柄もよく生徒父兄間の評判もよかつたのにかかわらずたまたま教職員組合の幹部である長谷川節夫、松本六郎、福田邦男等が鳥取県教育委員安田貞栄と特殊の関係ありと目せられていたところ異数の抜擢を受け加うるに役員たる教務課長その他の者と米子市皆生温泉で宴会を催したことを聞きこのような現象は労働組合を弱体化するものと憂い組合員多数の意見により鳥取県教職員組合米子支部長として同組合を代表し右安田貞栄に対しその事情につき説明を求め又は不公平な人事行政であることを指摘し苦情を申し入れる等相当活発な組合活動を展開したため県教育委員の感情を害したまたま国庫補助定員が減員せられ教員不適格者を整理することと方針が定められたのを機会とし県教育委員会において上原を同校より追放する手段として一、夜間部の教科書を買う金に三百円の不足があつたこと。二、授業料の滞納が五、六万円ありこれに対し積極的に収集しないこと。三、電灯の設備につき努力しないこと。四、授業に対し積極性のないこと。五、校長の教育方針に非協力であること等事務上の僅かな欠点を二、三拾い上げ且つ補捉し難い抽象的な理由を附加して同人を勤務状況のよくない者として教員不適格者であると断じ同人に退職を強要し同人の将来の就職等の関係上究極において依願退職の形式をとつたけれどもその実は同人を強制的に退職せしめたものである事実を一応推測するに足りる。そうすればこれは労働組合法第七条第一号にいわゆる労働者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもつてその労働者を解雇したものに該当することになるから教育委員会の所為は一応不当労働行為を構成するものといわねばならない。而して申請人が上原宇一朗の請求に基き「被申立人鳥取県教育委員会は申立人上原宇一朗を昭和二十四年十一月一日に遡り解雇当日と同一の労働条件を以て即時原職に復帰せしめなければならぬ」との命令を発した事実は前認定の通りで右命令が前記不当労働行為の排除に必要なものであることは明白であるから申請人の昭和二十五年三月八日発した救済命令は適法であるというべく而して解雇当時(昭和二十四年十月三十一日)と同一の俸給及びその他の給与(家族手当及び勤務地手当)を支給することは右救済命令の内容の一部を為すものといえるから右支給の緊急命令を求める本件申請は正当であるといわねばならない。被申請人は上原は退職手当として多額の金員を受取つたから右退職金で生計費を賄うに足るべく窮迫した事情は存しない旨主張するけれども元来労働委員会は準司法機関として不当労働行為の存否につき民事訴訟の口頭弁論に匹適する充分なる審問を経た上裁判所の判決に相当する救済命令を発するものであつて使用者が該命令に従わない場合において労働委員会は該命令を強制力を以ても履行せしむる必要がありと認めたとき裁判所に対し緊急命令の申請をなすものである。従つて緊急命令を発することの必要性の有無の如きは専ら労働委員会において裁判所に緊急命令の申請をすべきかどうかを決するにあたり考慮すべき事柄であつて裁判所の審査すべき事柄ではない。ただ裁判所は労働委員会の救済命令が使用者の不当労働行為を排除するに必要なものかどうかを審査しさえすればよいのである。従つて被申請人のこの主張は採用ができない。更に被申請人は被申請人の為した退職処分は行政行為であるからその取消なき限り給与の支給を為すべき旨の緊急命令を発し得ない旨抗争するけれども労働委員会が救済命令の履行を強制する必要ありとして裁判所に給与支払の緊急命令の申請をし裁判所これを正当なりと認めて緊急命令を発するときはその結果教育委員会の行政処分が暫定的に失効するの結果を生じ教育委員会はこれに従うの義務を生ずるのであつてこれ緊急命令の性質上当然の事柄である。従つて予め教育委員会の行政処分を取消しておかねば給与支払の緊急命令を発し得ないものと解すべきではない。故に被申請人のこの主張も理由がない。更に被申請人は上原は職務に従事していないから俸給その他の給与を受けることができない旨主張するけれども上原は被申請人により執務を拒絶せられて現に職務に従事し得ない状況にあることは前記の事実により明らかであるからこれに俸給その他の給与を与えることは条理上何等異とするに足らないだけでなく職務に従事しない者は給与を受け得ない旨の法律の規定(昭和二十三年法律第一二号政府職員の俸給等に関する法律第七条)は労働組合法第二十七条の適用のない通例の場合を予想した規定たるにとどまるから本件の場合には適用はない。よつてこの点に関する被申請人の主張も亦失当である。

果して然らば申請人の本件申請は正当であるからこれを認容すべきである。よつて労働組合法第二十七条第五項に則り主文の通り決定した。

なおこの決定は本案判決確定に至るまでの暫定的の措置として疏明による一応の推測に基き為されたものであるから被申請人の為した処分が真に不当労働行為であるかどうかの断定は本案の裁判にまたねばならぬこと勿論である。

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